法と経済学会・設立趣意書


法は、私人間・私人と権力主体の間の紛争を解決し、社会的秩序を維持するとともに、行政の適法性を確保するなど、経済社会のあらゆる局面で重要な役割を果たしている。法の社会的・経済的影響を広く、正確に分析することは、立法や法解釈の精度を高め、法の機能を高めるうえで意義をもつ。従来日本では必ずしも十分には行われてきていないこのような分析を、より理論的・実証的に深めていくことは、学術的にも、実務的にも有益である。

従来、日本の法学は、成文化された実定法の意味を探求する解釈学を中心として発達してきた。議会で成立した法律や条例を与件とし、当事者間の利益衡量や判例の動向等を踏まえて、複雑な法体系の論理整合的な解釈として最も適切なものは何かをめぐって論議がなされてきたのである。しかし、現存する法の整合性を確保し複数の価値の衝突を調整する場合、複数の解釈間でその優劣を論理的に決することは困難となる。また、立法に当たっての制度設計がどのような効果を経済社会にもたらすかについて判断する枠組みはこれまで十分には提供されてこなかった。

 一方経済学は、ある法の下で希少な資源が無駄遣いされずに活用されているか否かという資源配分の効率性を分析し、どの主体がどの程度利得し、どの主体がどの程度損失を被っているのかという所得分配の公正について分析を蓄積してきた。しかし、日本では実際の法や判例を素材とした経済学的研究の蓄積は未だ少なく、法解釈学で争点となってきたような具体的な論点は、経済学における確立された研究対象とはなっていない。立法作業に当たって経済学的知見が活用されることも、これまでまれであった。

これに対して米国では、民事法、刑事法、公法を問わず、法の経済効果を主としてミクロ経済学の手法を活用して分析する「法と経済学」が、経済学・法学の双方からの取り組みによって発達を遂げてきた。ロースクールの教育にも取り入れられ、「法と経済学」が現実の裁判実務や立法に具体的な影響を及ぼすことも多く見られる。

 日本でも、法の経済分析の成果が蓄積されつつあるが、一部の領域にとどまり、法の重要分野を網羅するには程遠いのが実情である。また、「法と経済学」の方法論は、法学界においても経済学界においても共有されているとは言い難い。法令や判例が社会的な富の増減にどのような影響を与えるのか、どの主体の利得をどれだけ増やし、またはどれだけ損なうのか、―――こうした「法と経済学」の知見をより多くの分野にわたって蓄積していくことは、法学、経済学双方に未知の知見を提供するとともに、知識や情報の共有を図るためのネットワーク機能をもつとともに、新しい学際的研究活動として学術的意義を持つであろう。「法と経済学」は、現実の法解釈や裁判実務をできるだけ客観的なものとしていくためにも大きな役割を果たすであろう。さらに、「法と経済学」は、法令の立案に当たっても、その影響を実証的に予測する有力な手段を提供するであろう。

 これらを踏まえ、「法と経済学」の理論及び応用に関する学術的活動を振興するとともに、関連研究者・実務家の研究に関するネットワークの形成を図ることを目的として「法と経済学会」を設立することとする。